遺言書は、未来への手紙であり、自分へのギフトでもある

遺言書というと、
「残された家族のために書くもの」
「財産をどう分けるかを決めるもの」
そう考えられがちです。

もちろん、それは間違いではありません。
けれど私は、遺言書にはもう一つの大切な側面があると思っています。

遺言書は、受け取る人だけでなく、書く本人自身へのギフトにもなるという点です。

遺言書を書く過程では、
自分は何を大切にしてきたのか、
誰にどんな思いを持っているのか、
自然と向き合うことになります。

それは気持ちの整理であり、人生の棚卸しでもあります。
「何をもらうか」を考える時間ではなく、
「何を残したいか」「何を伝えたいか」を考える時間です。

そこには、
もらう幸せではなく、あげる幸せがあります。
そして、「私はこう考えていた」というメッセージを、
きちんと形にして残すことができます。


少し法律的な話をします。

遺産分割とは、よくケーキを分ける作業に例えられます。
ただし、相続の場合は同じ種類のケーキではありません。
土地、建物、預貯金、株式など、
性質の異なる“ケーキ”をどう分けるかという作業です。

この作業は、
「もらう側が話し合って決める」ことを前提としています。
だからこそ、遺言書がないと、
意見が分かれ、揉めてしまうことが少なくありません。

誰かが悪いわけではなく、
「決める材料が足りない」だけなのです。


だからといって、
最初から完璧な遺言書を作る必要はありません。

形式や表現にとらわれすぎず、
まずは思いから書いてみる
まずはそれで十分だと思います。

実際、遺言書を書くことは、
自分の人生を前向きに見つめ直す行為でもあり、
「遺言を書くと寿命が延びる」という説があるほどです。

遺言書は、
死の準備ではなく、
これまでの人生を肯定し、これからを穏やかに生きるための行為
なのかもしれません。

法律では評価しきれない意味が、
そこには確かにあるのです。